宇宙美容機構×JAMSSインタビュー 宇宙における「美容」の役割とは?

近年、民間人によるISSの滞在や、無重力体験、成層圏ツアーの開始など人類の活動領域は徐々に広がりつつあり、長期滞在や将来的な宇宙移住の構想も現実味を帯びてきました。

宇宙の生活の中でも、特に「美容」は重要な役割を果たすと考えられます。

「美容」というと主に女性が美しくなるために行うもの、というイメージがあるかもしれません。しかし、「美容」は単なる外見の美しさだけではなく、人々の心と健康を支え、社会の形成に欠かせない重要な要素なのです。

今回は主に美容面から宇宙の暮らしについて考える取り組みを行う、一般社団法人 宇宙美容機構の代表理事・寺岡 慎太郎氏に、JAMSSの山村がお話を伺いました。

※以下敬称略

自己紹介

寺岡 慎太郎
一般社団法人宇宙美容機構代表理事 / 株式会社SPACE BEAUTY LAB(旧Space Cosmetology株式会社) CEO

/ ヘアメイクアーティスト

ヘメイクアーティストとしてニューヨークと東京の2拠点で活動を行っており、歌手のアデルをはじめとしたアーティストやトップモデルのスタイリングを手掛ける。
美容の未来について考える中で宇宙においての美容の役割に着目し、宇宙美容開発プロジェクトを立ち上げた。2021年、共同代表の殿木 修司とともに一般社団法人宇宙美容機構を設立。

山村 侑平
有人宇宙システム株式会社(JAMSS) 有人宇宙技術部 健康管理グループ

2010年、有人宇宙システム株式会社に入社。日本人宇宙飛行士の健康管理運用業務に従事し、宇宙飛行士および極限環境におけるメンタルヘルス・パフォーマンス支援、健康管理領域の運用管制・計画管理(JAXA BME)、ISS船内環境管理を担当する。また、暮らしやヘルスケア分野の新しい事業創出のほか、月面等の将来に向けた研究開発にも取り組む。極限カウンセラー(産業カウンセラー)

宇宙美容機構×JAMSSインタビュー

宇宙美容機構について

JAMSS山村(以下山村):

まずは宇宙美容機構がどのような活動をされているか、また、現在取り組まれていることを教えていただけますか?

宇宙美容機構 寺岡(以下寺岡):

我々は宇宙生活に関わる新しいビジネス創出を行うJAXAのプラットフォームTHINK SPACE LIFE のコミュニティ会員として参加していまして、そちらで美容の勉強会やキッズサマーキャンプなどのイベントの主催・未来の生活に関する構想イメージの作成などをやらせていただいております。

そちらとは別に我々が主体で行っているのが、JAMSSさんも参加いただいている「共創プロジェクト」です。11社の企業の皆様と、「我々の目指す未来の社会のイメージとシナリオづくり」「宇宙生活の課題リスト・体系化」「宇宙環境でのシャンプーやヘアカット、メイクの仕方などのHow-toづくり」という大きく3つのプロジェクトを進めています。

最初に挙げた「我々の目指す未来の社会のイメージとシナリオづくり」は宇宙美容という視点から、生活全体の中で美容に寄った形で「未来の生活がどうなっているのか」を考えています。

例えば2050年の社会がどういう状態の社会なのかイメージし、美容や他の技術がどう発展していて、社会がどう変わるか、などをテクノロジーだけではなく、文化や美容の側面などから探求しようという取り組みです。

山村:

2050年ごろをイメージした時に、そこで暮らす人たちがどういう風な考えを持っているか、そのときの文化を今のうちに構想するのですね。

寺岡:

はい。将来人が宇宙で生活するようになると、考え方や見方は変わるだろうし、どういう見方で地球や物事を見るのか? というのを広げてイメージすると面白いと考えています。

月面の基地とか未来のムービーとかを見た時に、未来都市っぽい、基地っぽい映像であることが多くて、畳などの伝統的なものが出てきませんよね。でも果たして本当にそうなのか? と。

未来の人間にとって何が本当に落ち着く空間なのか、それプラス安全性はどうなのか。それを含めて未来のイメージを作る必要があるかなと。

山村:

たしかに映画やSFの世界のような未来もあるのかもしれないけど、果たして本当にそうなのかなと思いますね。

寺岡:

そうですね。一見無駄と思えるものが人の満足感や幸せ度を上げると我々は考えています。美容も今まではちょっと無駄だと思われることもありましたが、やっぱり気分を上げたいとか着飾りたいとか、人間として生きていく上で、美容は外せない一つの行為と考えています。

「共創プロジェクト」とは

山村:

将来的に宇宙空間が街、社会になっていくので、そこに向けて考えていきたいというのが、共創プロジェクトなのですね。

寺岡:

はい。もう一つ、2030年頃の近い未来についても考えています。この頃になると宇宙旅行が実現していると思いますので、ISS滞在や宇宙旅行に行く際にどのように美容が関わっているのか、美容の技術発展について考察しています。

2つ違う年代を同時に考えることは大変ですが、あまり遠すぎるとほかの人が見た時も「そんな遠い未来のためにやっているのか?」ってなってしまうので、近い未来やビジネスに繋がりそうなところを取り組んでいます。

山村:

あまり遠すぎる未来ではなく、2030年という近い未来を想像して「何から取り組もうか?」というところを寺岡さんは「共創プロジェクト」で取り組まれているのですね。

寺岡:

正直、僕らが今取り組んでいるところはまだ誰もそこに手をつけてないと思うので、まずは足場を作って、参入しやすい場を提供できればいいなと考えています。

山村:

実際やってみていかがでしょうか?

寺岡:

正直、難しいなと思うことが沢山あります。

「共創プロジェクト」で大企業の方と色々関わらせていただいていますが、それぞれ立場も違うし、取り組みも方向も違うので、もっとビジネスや具体的なプロダクト開発に繋げていきたい企業さんとも関わっているので、皆さんを飽きさせないように進めて、しっかりと結果を出していきたいと考えています。

山村:

逆に私たちJAMSSは、ピュアに宇宙に取り組んできたためにスピード感が無いという側面もあります。短い期間でしっかり成果を出していくことの大事さに気づかされます。

「宇宙」と「美容」が結びついたきっかけ

山村:

宇宙美容機構を立ち上げようと考えたきっかけを教えていただけますか?

寺岡:

僕の中で未来を考える一番最初のきっかけは、20歳くらいの頃にアートディレクターのアシスタントをやっていたときのことです。アートディレクターが20年先の社会を描いた映像を作成して、大手プロダクトの社長さんや役員の方に見せていました。将来このような社会になっていくので、このようなものを作りましょうと提案するのです。

山村:

業界の未来構想をビジュアルイメージで作るのですね。

寺岡:

僕はそのころ、具体的にその仕事のすごさが分かっていませんでした。その頃はまだPHSも広く使われている時代でしたが、その映像の中ではハンカチのように小さく折りたたむことができるタブレットが登場したり、身の回りの様々なモノがインターネットでつながっていたのですが、最近それが本当に現実になってきたと感じています。

さまざまな技術革新が起きて、業界の構造が大きく変わり、その中で職を失う人もいる。そのスピードがだんだん速くなってきている。世の中の変化についていけなくて「この先どうしよう」と不安になる人はたくさんいるけれど、その一方で、ずっと前から未来を考えて、自分たちの思う未来を作っている人がいる。この差は大きいなと考えますね。

宇宙美容機構を立ち上げる前に(共同で宇宙美容機構を立ち上げた)殿木さんと「美容業界はファッションの最先端を作っているようだけど、結構アナログだよね」という話をしていました。美容業界だと美容の技術を学ぶことばかりに集中しているから、コンピュータを使えない人が多い。そこでリクルートさんがホットペッパーを作ったという流れがあったんです。

山村:

美容業界の方は職人としてアナログ的な技術に対して高いプライドを持っているがゆえに、デジタルについては周りの人頼みとなっていたのですね。

寺岡:

美容の歴史とかファッションの歴史とか、過去は見るけど、未来といえば数年先のトレンドくらいで、デジタル化を含む未来のことは、あまり業界の中で考えてこなかったのです。宇宙については、殿木さんと「だれも見てないよね」と話していて、世界中の情報が集まっているはずのGoogle検索で探しても出てこない。

山村:

美容業界の未来を語っている人がいなかったのですね。

寺岡:

そうなんです。僕自身、ヘアメイクを第一線でやってきたなかで、次のキャリアをどうしようと考える段階でもありました。新たなことにチャレンジしたいなって思いがあった時にそういうことに出会って、残りの10年20年、自分の人生をかけてやりたいなと。

「まずは出してみる」精神のルーツとは

山村:

寺岡さんのご自身のルーツについて教えていただけますか?

寺岡:

僕は広島出身です。田舎の郊外のほうで、父は公務員で美容をやることは大反対されました。海外へ行く事も「大丈夫なの?」とか。フリーランスで収入はあるのか、みたいな感じで。周りにもなかなか話の合う人はいなかったです。

山村:

周りに積極的に応援してくれる人がいなかったのですね。

寺岡:

当初はいなかったです。今では親も周りの人も認めてくれるようになりましたが、それでも保守的な人が多いですね。

山村:

広島を出られた時から何事にも否定的になるのではなく、まずやってみることを大事にされていたのでしょうか?

寺岡:

最初からダメと言う考えがあまり好きではないですね。「何とかなる」「やってみないと分からない」と言う気持ちで色々なものに挑んでいます。僕もそうだし、僕以外のスタッフも全然完璧じゃない。それでもまず出してみる。出しながら修正して経験を積んでいく。完璧なものを作ることは時間がかかるし、先に進まないので……

山村:

「まず出してみる」という精神はどのあたりで培われたのでしょうか?

寺岡:

ファッションの現場ですね。髪の毛って、よほどスプレーで固めない限り動くんですよ。さらにそれを僕一人でやっているのではなくて、メイク・衣装・モデル・カメラマンの人とか、色々な人との共創なんです。だから朝一で何時間もかけて一発で完璧なスタイルが完成することはなくて、まずはみんなが集まる場所に出してみて、そこから仕上げていく。

自分一人で何かを決めるのは簡単だけど、そこに色々な人が入ってくると、誰かが調和を合わせなければいけない。悪いチームだと「これは俺のせいじゃない」「誰かやるだろ」「お前が悪い」となって調整が上手くいきません。

みんなが同じ方向を見て、「ちょっとこうやったらいいかな」「こうしたらいいかな」と自然とみんながちょっとずつ微調整をして、良いものが自然とできる。それが良いチームだと考えています。

山村:

原点はそこにある訳ですね。それぞれがなんとなく押し引きをして、自分はこうした方がいいかなというような。他人任せにするのではなく、周りを見ながら行うような。

寺岡:

そうですね。一方的な押し付け合いではなくて、みんなが判断する。

僕の場合、外の撮影現場に行くことが多かったのですが、外は部屋の中と違って、環境が天候に左右されるので、すぐ状況が変わります。少し風が吹いただけでもヘアスタイルが変わってしまうし、僕もモデルさんも汗をかいたり、雨に濡れるとメイクやヘアスタイルが崩れてしまいます。現場のその時その時の判断がすごく重要で、そこから出して修正してみる、という考えが身に付いたのかなと。

人の生活に欠かせない「美容」の役割

寺岡:

でも、共創プロジェクトの取り組みとしては、もっと効率的に進めないといけないと最近感じています。我々は社団法人としてやっていますけど、お金を回してどんどん先に引っ張っていかないといけないなと考えています。

共創というのはすごくいい言葉だし、みんなで何か作り上げるような気がしますけど、それだけでは上に行けないんです。

山村:

私たちJAMSSなど、いわゆるオールドスペースと呼ばれる領域では、やっただけで成果があるという空気がどうしてもあったと思います。プロジェクトにおいて、「実証できました」で終わりみたいな。そこからが本当のスタートなのにそこで満足してしまうような。なので、成果を出し続けることはとても重要なことだと思います。

寺岡:

その一方で、山村さんが言っていた「美容がコミュニケーションを崩すこともあるのではないか」など、そのような立場の方はなかなかいませんね。

山村:

個人的には、美容は人の暮らしに絶対に欠かせないものだと思っていますので、当然、宇宙へ行く時にも不可欠なものと考えています。

僕は縄文遺跡が好きでよく見に行くのですが、遺跡から化粧に使われた顔料が出てきています。1万年も前から人は美容を利用しながら暮らしていたので、宇宙に行くときにも無視できるものではないと思います。

寺岡さんがおっしゃるとおり、今無いものは今のうちに考えないといけない。

寺岡:

おそらく、美容という言葉に引っ張られている所があると思います。既に宇宙(ISS)でも美容と言う言葉を使わずに自然に生活の中でやっている行為があると思います。

山村:

その辺りを含めて寺岡さんは未来への土台を作っていきたいと考えていらっしゃるのですね。

寺岡:

そうですね。僕がニューヨークに最初に行った時、ルームシェアをやったのですが、これが難しい。3~4人でシェアすると大体合わなくなってすぐ出て行ったりしますね。誰かが掃除しないとか些細なことで。多分そういう意味では、ISSの暮らしはもっと上のレベルだと思います。

山村:

まさしく途中で退去ができないシェアハウスですね。

寺岡:

共同生活はお互いの気づかいが大事になってくると思います。お互いがチームワークの強さを持っていないとズレが生じてくる。掃除などは気づいた人が他の人を考えてやってあげる。それを怠ったりする人がいると不信感とかとかズレが生じてしまう。

美容はそこに通じるものがあって、「綺麗にする」って人に見られたいのもあるし、相手に良い印象を与える、相手を気遣う、そういう気遣いや思いやりが美容という行為になる。まさに自分のために相手のことも考えるような。

山村:

視点が一人称ではないことが宇宙も同じだと思います。自分、相手、みんなという視点を持つことが大事で、一つにとらわれてしまうと苦しくなってしまいますね。

JAMSSへ期待すること

寺岡:

JAMSSさんはずっと中間的な立場でいろいろなことをされているので、そこが他にない魅力だと思っています。

中間的な立場の企業さんは、ものつくりとか、何か成果につなげたい企業が多いと思いますが、JAMSSさんはそうでもないと感じています。逆にそのような立場だからこそ、共創プロジェクトでも一番関わっていけるのではと思っています。

文化はただのサービスやもの作りだけではできないと思います。考えないといけない事がたくさんあるので、JAMSSさんに関わっていただけるといいなと。

実際に課題を集めて整理して、その次の段階では、実際に実証実験や研究にチャレンジしたいと考えています。

美容は人と関わる点が多いため、JAMSSさんの宇宙飛行士の健康管理サポートの知識などの観点からご協力いただけると嬉しいなと思います。

「美容」は人の未来を考えるために欠かせない要素

「宇宙」と「美容」、一見結びつきが無いようですが、実は「美容」は人の生活と切り離せない要素であり、将来的に人が宇宙に行くようになったとしても、それは身近であり続けることでしょう。

宇宙美容機構はそこに注目し、今の時点から宇宙の暮らしに必要となる美容の技術や行為を考え、それを実現しようという取り組みを行っています。

私たちが宇宙に行くようになった時、宇宙美容機構が描いたビジョンから生まれたコスメや美容用品が旅行グッズの中にある……そんな未来が待っているのかもしれません。

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