技術・技能伝承にAIやIoTを導入したとしても、やらなければならない事~効果的な暗黙知伝承のために何が必要か~

ベテラン社員が培ってきた技術・技能が適切に伝承されないことに頭を悩ませている経営者や管理者は少なくないでしょう。生産性向上やコストカットなどの経営上の課題においても、技術・技能伝承が大きな影響力を持っています。 この記事では、技術・技能伝承の必要性や課題、技術・技能伝承の実施方法について、技術・技能教育研究所代表の森和夫氏に解説いただきました。

企業における技術・技能伝承の必要性と課題

実際に、技術・技能伝承を進めてみようとして始めてみると、想定外のことで身動きがとれなくなることは良くあることだ。企業で技術・技能伝承に取り組む事情は異なるが、短期的には目先の製造をこなしたいこと、中長期的には安定した生産にしていきたいことがあろう。

企業で技術・技能伝承が必要な理由と問題

企業では長年培った固有の技術・技能があり、これを用いて生産活動を進める。技術・技能伝承はこの固有技術・技能を後継者に伝えるために行われる。より多くの後継者に伝えることができれば、生産性は向上する。保有する技術・技能が他社と同水準か、低位にある場合、当然ながら過酷な競争には勝つことはできない。従って自社の固有技術・技能が他社よりも優位に立つことが重要な意味を持つ。企業が存続しようとすれば技術・技能伝承活動は必然のこととなる。

一方、技術・技能伝承には特有な問題がある。第1に、アウトソーシングができないことである。自社の固有技術・技能であるがゆえに自社の範囲内で活動を進め、自ら企画・実施しなければならない。第2はその技術・技能の保有者は自らの仕事の推進のために自ら学習し、創り出したものである。他者に説明したり、指導したりすることを意図したものではないことだ。ベテランは自分の仕事として完結すれば良いので、伝承活動をすぐに展開するには無理がある。第3に、暗黙知はベテラン自身も気づいていないことである。また、何がカンやコツなのかもわからないことが多いのである。その結果、技術・技能伝承はスタートから大きな課題を背負うことになる。

技術・技能伝承とは何か

技術・技能伝承とは何かについて考えてみよう。技術・技能伝承の「伝承」という用語が多くの人々に誤解を生んでいる。「伝え、たまわる」というイメージが払拭できないのである。すでにあるものをそのまま受け継ぐことと理解されてしまうことが問題となる。まず、ベテランの行う方法が正しいかどうかを審議しなければならない。真実はベテランさえも知りはしないのだ。もっと良い方法があるかもしれないし、工夫によって無駄なカン・コツを排除できることも十分あり得る。技術・技能伝承とは「今ある技術・技能を現代に合わせて創造し、後継者に伝えること」を意味している。また、「固有技術・技能を明瞭化すること」であり、「次代の技術・技能を創造すること」でもある。技術・技能は分けずに一体として扱うことで開発力、指導力が高まるものだ。技術・技能伝承で育てる指導者は、指導者を越える後継者を育てることをミッションとして担わなければならない。

技術・技能伝承と暗黙知の形式知化の関係

技術・技能伝承は誰でもできるが、誰でも目的を達成できるとは言えない。簡単そうに見えて、そうではないのである。しかし、良い方法論と実践があれば一定の成果に到達できる。中でも大切なことは暗黙知の特性をつかみ、その特性を活用することである。そして、体系的、組織的、計画的に取り組むことでより大きな実りを手に入れることができる。世の中には技術・技能伝承のツールと呼ばれるソフトウエアやシステムがある。しかし、これは伝承活動の部分を手伝う程度に過ぎず、核心部分を扱うまでには至っていない。AIやIoTを活用するとしても、それらは暗黙知の明確化を助けるツールとして有効に活用すれば技術・技能伝承を成功に導くことはできる。しかし、AIやIoTがあるからといって技術・技能伝承そのものを担わせることはできない。

暗黙知を扱うには2つの方向性がある。第1の方向は「暗黙知を形式知に置き換えて伝える」ことだ。暗黙知を伝えるには学習者が理解し、そして、工夫して発展させる力が必要となる。そのために形式知が役に立つ。また、技能を科学的に明らかにし、追究することで新たな技術・技能が生み出せるのである。AIやIoTはこれらの作業を進める上で有効なツールとなると推測できる。例えば作業者の行動を映像で収録して、作業に伴う運動の考え方を解析し、いくつかのコンセプトを抽出できるだろう。未熟練者に必要なコンセプトを逐次出力できることで学習が加速される。

第2の方向性は「暗黙知を暗黙知のまま伝える」ことである。暗黙知を明確化する取り組みには多くの時間と労力を要する。もちろん簡単に解に導ける内容もなくはないが、一般に簡単なものは少ない。暗黙知を明確化する取り組みは真理の探究と同じように興味深いものではあるが、膨大な時間の割に技術・技能伝承は行われていないのである。つまり、後継者は育ってはいないことが問題だ。[暗黙知伝承→暗黙知明確化→指導]という図式ではなく、[暗黙知伝承→暗黙知まるごと指導]のスタイルで進めることも可能と考えている。これは暗黙知明確化の投入時間を「まるごと指導」の準備に当てるものである。早く指導に入り、後継者養成の実績を早く出せる。

エンジニアにおける技術・技能伝承のよくある問題

エンジニアは必ずしも良き指導者とは言えないことが多い。彼らの持つ指導方法は一般に先輩エンジニアのやり方を「見ならい・しならい」したものである。そこに正しい効果的な指導方法がある確率は少ない。例えば、現場に行かないとOJTで教えられないなどは典型例である。おそらく、「見せて、やらせて、確かめる」式の教え方だ。見せるだけで、言葉では語りたがらないし、語れない。だから、「背中を見て覚えろタイプ」になってしまうのだ。これでは若手エンジニアは納得するはずがない。ベテランの技術には多くの暗黙知が含まれているため、技術伝承がうまくいかないと言われる。先にも述べたが、ベテランは自分で仕事のために工夫し、獲得したもので、説明できることは少ない。また、何を説明すれば良いかすらわからないことが多い。

暗黙知の形式知化が難しい理由

暗黙知の形式知化が失敗する理由を検討しよう。第1は体験・経験の言語化が難しいことである。体で覚えたことを表現することに困難があるといってよい。体験・経験の表現法は、(1)手がかり、(2)時間軸、(3)判断基準、(4)加減の調整、(5)取り扱う感覚と運動のチャンネル……などに注目して形式知に置き換えることである。スポーツではこれらを積極的に扱うが工場では少ない。第2は暗黙知の所在を知らないことである。「この辺」とはわかるが、指摘できない。これはベテランが暗黙知を意識して作業をしてはいないからである。意識化しなくても結果は出せれば良いと考えるから、意識に上ることはない。第3は表現の仕方が難しいことである。「この音はどのように表現すれば良いか」という問題は楽器製造ばかりでなく、製造業では良くあることだ。

形式知化が難しい暗黙知の特徴は特に感覚運動系技能に多い。「測定できないものを感覚で測定する」「見えないものを見えるかのように捉える」「時間軸を体内時計で計る」「振動を腹の底で感じる」……など、いずれも簡単には表現ができない。しかし、ある程度トレーニングを重ねれば表現は理解できる。つまり、表現とは他者が同じ意味で捉えることを前提にしている。同様にして自己が納得できる概念をつかむことでなされるものだ。

技術・技能伝承の適切な実施方法

技術・技能伝承を効果的に実施するには対象となる技術・技能の性格を把握した上で、特徴に対応させた方法を採用して能率的に進めなければならない。ここでは暗黙知を含まないレベル、容易に暗黙知を明確化できるレベル、暗黙知を引き出すことで明確化できるレベルを中心に述べることにしよう。

暗黙知の分野、種類、階層のモデル

これまで、暗黙知は1つのものとして扱い、論じられてきた。しかし、これは暗黙知をいたずらに神格化して、取り組みを阻んでしまうことになる。仮説として下記の3つのチャンネルからアプローチすることにした。

  1. 技能の分野
  2. 暗黙知の種類
  3. 暗黙知の階層

1つは技能分野である。感覚判断が主となるもの、知的判断によるもの、複合した保全の分野、そして人扱いの分野としている。2つ目のチャンネルは、暗黙知の階層である。これは表面的に見える表層に属するものから全く見えない暗黒の階層までを4層に区切って論じることにしたい。そして、最後に暗黙知の種類である。その性質に合わせて4つのタイプを提案した。これらチャンネルはいずれも4つの軸で整理している。図表1はこれを示している。

技術・技能伝承を実施する前に、図において対象とする技術・技能がどれに当たるかを検討してから、それに適した方法を採用すれば良い。図では64の立方体で構成している。

 

図表1 技能の4分野と暗黙知の種類・階層モデル

1.技能分野

技能分野として大きく占める分野に感覚運動技能と知的管理技能の分野がある。前者は人間の持つ感覚機能と運動機能を使用する分野である。後者は主に頭で判断する知的管理機能を使用する分野とした。この他に複合的な分野である保全技能と、対人技能を中心にした分野を想定した。当然のことだが、複数分野が組み合わせたことは現実には多くあるが、モデルとしてシンプルに提示している。

2.暗黙知の種類

暗黙知の種類は次の4点とした。

 

(1)判定型暗黙知
質的判断(判定)を行い、環境・状況・事態を診断し推測し予測するもの。特に質的判断の良否のボーダーラインに関する事柄やグレーゾーンの取り扱いが含まれる。

(2)加減型暗黙知
行動する際に必要な量的把握を伴う。微妙な把握、調整の基準の確立が求められる。

(3)感覚型暗黙知
非接触型感覚の目および接触型判断の手・足・体などの感覚に依存するもの。色や振動、音、表面粗さなどは数量化も困難なことが多い。

(4)手続き型暗黙知
作業に含まれるプロセスの把握および制御、思考の過程を主とする暗黙知。企画や設計、管理、コンピュータを使用する業務などが属する。何を見て、どう判断したか、なぜそうするかなどが理解の鍵となる。

3.暗黙知の階層

暗黙知の階層は表層から深層までを4レベルで区分けした。技術・技能伝承では当面、下記の第3層までを対象に明確化して臨み、ある程度明瞭になった段階で第4層を明確にするとよい。

▼暗黙知の階層別の特徴
第1層:外から観察可能で、記述が容易にできるもの
第2層:見ることは困難だが言語化できるもの
第3層:作業者が自覚していないか無意識に行うもので聞き出せば言語化できるもの
第4層:作業者が無意識に行うものでかつ言語化もできないもの

暗黙知の分野、種類、階層に応じた対応が必要

暗黙知を伝承するためには、暗黙知の分野・種類・階層に応じた対応が必要だ。ここでは、1~3層について階層別に実施方法を紹介する。例えば、ベテランの行う作業をビデオ収録しておいて、再生しながら次のように進めると良いだろう。なお、第4層は1~3層と異なって把握の困難度が高く、明瞭化も困難なため割愛した。

 

第1層
時間軸を中心に記述する。区切りの良いところで手順とし、「何をどうする」を記載する。次に「何を用いて」「どこまで」「どの程度」「どのように」「判断基準は……」「手がかりは……」を記載する。感覚運動技能においては、この部分が重要な内容となる。

第2層
「なぜそのようにするか」「そのようにしないと何が起こるか」「この現象を支える原理・科学的根拠は何か」を記載していく。特にデジタル表現(数値を用いた表現)が欠かせない。また、細かな情報、例えば温度分布や流速、摩擦抵抗による手の負荷の増減などは現象を捉える有力な考え方につながる。

第3層
「作業の企画・作業方針は何か」「その考え方・方針の肝は何か」「陥りやすいミスやロスは何か」「ストラテジィの原理は何か」「効率的な考え方、失敗を回避する方策は何か」を記載していく。この階層の内容を引き出すキーワードは図表2に示す熟練者の行動様式に示した。AIやIoTを活用する際にも多くの手がかりを与えるだろう。

図表2 熟練者の行動様式

図表2 熟練者の行動様式

インタビューによる暗黙知の形式知化の進め方

暗黙知を明確にする有力な方法はベテランに対するインタビューである。ここでは方法の全体構成と第2層、第3層に関するインタビューについて述べる。良く行われるインタビューの流れは図表3のように進める。

図表3 暗黙知インタビューの5ステップ

ステップ 具体的な質問の仕方
(1)作業の全体像を把握する

□作業の名称を話してください

□ 標準時間はどの程度ですか?

□ この作業はどんな作業ですか、全体を説明してください

□ 最終的にはどのようになれば良いのですか?到達目標を説明してください

□ 特に難しい部分はどのような点でしょうか?

□ 使用する道具、工具、設備をリストアップしてください

(2)手順の書き出しをする □ まず、はじめは何をしますか、次にどうしますか…?
□ 全ての手順が書き上がるまで繰り返す
(3)手順の具体化をする □ 具体的なやり方を順に説明してください
□ なぜ、どうしてそのようにするのですか?(質問項目表で聞く)
□ もしもうまくいかない場合にはどうしますか?
□ この作業はどのようになれば完了ですか、その判断基準は何ですか?
□ 全ての手順について書き上がるまで繰り返す
(4)ケース分けする □ 場合によって異なるとのことですが、どんなケースがありますか?
□ 1つめの場合の特徴は何ですか?
□ 1つ目の場合はどのように作業しますか?
□ なぜ、どうしてそのようにするのですか?(質問項目表で聞く)
□ もしもうまくいかない場合にはどうしますか?
□全ての場合について書き上がるまで繰り返す
(5)確認する □ 書き上がった内容を始めから確認してください
□ 全ての内容について確認したら完了とする

左のステップにあるように、(1)作業の全体の把握をする、(2)手順の書き出しをする、(3)手順の具体化をする、(4)ケース分けする、(5)確認する、の順序で進める。また、必要に応じて深掘りするが、全体が把握できてから行うべきである。そして、あらかじめ暗黙知の所在が予想されるところを重点的にインタビューする。

第2層におけるインタビューでは、ステップ(3)、(4)の部分に注力する。インタビューの回答が曖昧な場合や、納得のできない説明の場合には、そこに暗黙知が多くある可能性がある。また、ベテランは省略することが多いので、省略した部分を全て聞くようにする。また、緊張感のある進め方は時として、暗黙知を表現することになる。つまり、ベテランにとっては、日常では起こらない事態がインタビュー場面なのである。

 

第3層のインタビューは第2層のインタビューにおいて深掘りする過程で行われる。インタビュアーが得られた回答の内容について一段と入り込むことになる。その際に使われるテクニックは、「仮説検証の問い」である。説明通りで、自分が作業した場合にうまく行くかどうかを考える。そのとき、「そんなにうまく行くはずが無い」と感じるものだ。そこで、失敗しやすい箇所、考え方の不透明な箇所、判断に曖昧さの多い部分を指摘し、それらの背景にある原理、仮説、物語をインタビュアーは組み上げる。この仮説が正しいかどうかをベテランに尋ねることで確かめていくのである。暗黙知の大半は説明可能である。しかし、聞き方が悪いために明確にできない事が多い。それを解決するには、「当事者として作業をするとどうなるか」を辿ることである。もしも仮説が否定された場合にはベテランの見解が肯定されたと言うことになる。この議論の過程で暗黙知の詳細なデータを得ることができる。

 

まとめ

技術・技能伝承で成功するためには、ベテランが獲得してきたことを他者に伝わりやすくする努力を惜しまないことと言える。そのためにはまず、ベテラン自らが自らの作業を自問自答して、内容を明確化することになる。インタビュアーのような第三者の力を借りることも良いし、自問自答して自分なりの考え方をまとめ上げることも効果、成果に結びつく。これから技術・技能伝承に取り組む者として率直に対応することを期待したい。

 

【参考文献】

  1. 森和夫「暗黙知の継承をどう進めるか」特技懇誌、no.268、pp.43-49、2013、特許庁
  2. 森和夫「見直されるべき基礎技能教育の大切さ~現場を離れ「原理原則」を考えさせる経験が応用力のある技能者をつくる~」企業と人材、2015年6月号、pp.8-13、産労総合研究所
  3. 森和夫「研究開発における効率的な暗黙知伝承の勧め」研究開発リーダー、vol.14, No.9、2017、pp.45-53、技術情報協会
  4. 森和夫「人材の見える化が可能にする能力開発~CUDBAS手法による能力マップ作成で、効率的な人材育成を実現する~」企業と人材、2019年7月号、pp.33-39、産労総合研究所
  5. 森和夫「ものづくりを支える技能とその継承のあり方~これから求められる技能とは何か、次代へ継承するにはどうするか~」職業研究、2019、No.1、p.3、雇用問題研究会
  6. 森和夫「実践 現場の能力管理-生産性が向上する人材育成マネジメント」A5版180頁、2020、日科技連出版社
  7. 森和夫「熟練技の特性と次世代への継承、育成における課題」日本労働研究雑誌、2020年11月号、pp.74-84、日本労働研究機構
森 和夫(もり かずお)
技術・技能教育研究所代表取締役、一般財団法人職業教育開発協会代表理事

企業・団体の技術・技能伝承、技術・技能教育を中心にコンサルテーション、活動支援、セミナー、講演などで活動する。

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