ノンテクニカルスキルの開発・伝承で事故リスク低減 能力開発や評価方法を解説

ノンテクニカルスキルとは、専門的な技術・能力を意味するテクニカルスキルから転じて、非専門的な技術を指すときに使われる言葉です。例えば、コミュニケーション能力やチームワーク、状況認識力などがノンテクニカルスキルと言われます。 この記事では、ノンテクニカルスキルの重要性や自身でノンテクニカルスキルを向上させるための実践方法をAGC株式会社で社員の教育訓練を担当していた南川忠男氏に解説いただきます。

ノンテクニカルスキルとは?

ノンテクニカルスキルの概要

ノンテクニカルスキルは、作業者個人の用心深さや仲間との密な情報共有が必要である非定常作業において適切に働けばトラブル発生の可能性を低くすることができる。特に、下記のような状況で「コミュニケーション」「状況認識」といったノンテクニカルスキルは有効である。

  • 複雑な過程を経る意思決定が求められるとき
  • 通常と違う運転状態に変わったとき
  • 工事中に現場環境が変わってしまった場合

ノンテクニカルスキルは、「コミュニケーション」「リーダーシップ」「状況認識」「意思決定」の大きく4つに分類できる。下記の表1にノンテクニカルスキルのカテゴリーとその要素を示す。

 

表1 ノンテクニカルスキルのカテゴリーとその重要要素

カテゴリー カテゴリー内の重要要素
(1)コミュニケーション(チームワークを含む)
  • 復唱の実施(確認会話)
  • 3wayコミュニケーションの実践
  • ブリーフィング(事前の説明)の確実な実施
  • デブリーフィング(作業の振り返り)の確実な実施
  • 傾聴力
  • 言い出す力
(2)リーダーシップ
  • チーム活動の積極的リード、働きかけスキル
  • 思いやりのある関与(コミットメント)
  • 動機づけ、雰囲気づくり
(3)状況認識
  • 自問自答力で客観的に見られる
  • 警戒心の維持
  • 問題点の分析後の予測能力
(4)意思決定
  • 相談の大切さを理解している
  • 選択肢から判断して決定する力
  • 実効後の振り返り

この中でも状況認識とコミュニケーションが最も大事である。実際に航空分野や海運分野でも訓練の多くが状況認識とコミュニケーションに費やされており、そのようなことはノンテクニカルスキルの教育を実施し始めて9年間は知らなかった。

一方で、当時在籍していたAGC株式会社の千葉工場で発生した事故の調査から原因を把握し、その教育需要を考えたときに偶然にも教育テーマは「思い込み防止」「言い出す勇気を持つ」「コミュニケーションの改善」などが取り上げられた。AGCでは、状況認識力向上教育とコミュニケーション力向上教育を集中的に繰り返し行っている。

また、規律順守性の向上も産業界において取り組む課題となっている。ノンテクニカルスキルの「意思決定」において、AGCでは時間が迫っているから(タイムストレス)作業をスキップしたり思考停止したり、直観的にあるいは本能的に行動することの脆弱さを気付くよう教育している。

近年、ヒューマンファクターによる事故の割合が上昇し、重大な事故が続いて社会的問題となっている。ノンテクニカルスキル教育が始まる教育歴史はどの分野でも必然的な流れなのだろうと思った。そして、分野が違ってもノンテクニカル教育で扱う要素は変わらないのだった。

ノンテクニカルスキルが注目される背景

ノンテクニカルスキル起因の事故は医療分野や航空・海運分野で高い割合を示している。航空・海運分野では事故になれば航海士自身と乗務員の人命、および積載物(大型船は数百億円にも達する)に直結するという強い責任感が教育訓練への積極的に姿勢になっている。

化学プロセス産業においても同じようにノンテクニカルスキルが原因である組織事故が繰り返し発生しており、2011年からの4年間は重大な事故が続いた。事故原因の一部として、技術的な技能でないルールの不遵守やコミュニケーション不全(声かけが徹底されていない、権威勾配が強すぎる状況を克服できていない、言い出す勇気を持ちにくい、など)が挙げられる。

石油・石油化学・化学の分野は危険物・高圧ガス・毒劇物というリスクの高い物質を扱う。近年の大事故の発生はノンテクニカルスキルの不足も原因だった。事故原因の割合は、30年前からノンテクニカルスキルがテクニカルスキルを逆転している。

ノンテクニカルスキル教育は航空業界から始まり、海運、医療、原子力分野にまで広がっている。ノンテクニカルスキルの必要性はある特定の産業やある特定の職位に限定されるものでなく、旅客輸送業界や産業界においても今や体系的な教育が必要になってきたと言える。

ノンテクニカルスキルとテクニカルスキルの作用関係

ノンテクニカルスキルとテクニカルスキルは切り離して考えるものでなく、人間の頭の中では左脳と右脳の連携はあるが、その区別なく同時に進行している。

図1の左は状況認識から始まり意思決定を経て、実行効果の確認までの業務の典型的な流れを示し、それぞれの段階でノンテクニカルスキルとテクニカルスキルの作用関係を一般化したものである。

工学・技術に関わる知識や情報、そしてそれを元に作成された作業手順書は最初の段階から最後までその業務の基礎を成しており、いわゆるテクニカルスキルの範囲と言える。それを補佐するように中央のノンテクニカルスキルの各カテゴリーが深く作用してくる。事故の原因の約80%を中央のノンテクニカルスキルの実行不良あるいは不足が占めるのが現状である。技術的なことを教育しているだけではその原因の多くを占めるノンテクニカルスキルの向上には貢献せず、ノンテクニカルスキル教育をある程度体系立って開始し、継続する必要があると言える。

ノンテクニカルスキルの実践

ノンテクニカルスキルの能力開発

キャリアの発達とノンテクニカルスキルの開発は車の両輪のようなものである。ノンテクニカルスキルの向上にはまず本人が現状のノンテクニカルスキルの度合いを把握して何を強化するかの自覚が必要かと思われる。

本人のスキル向上には下記の3つの開発ルートがある。職場の雰囲気や安全文化が本人に影響を及ぼすが、中でも一番スキル向上の見込みが高い開発ルートは、コミュニケーション力や状況認識力、意思決定力の成長に寄与する「3.業務を通じて成長する」ルートである。

  1. ご自分で勉強する
  2. 上司が本人に教育する
  3. 業務を通じて成長する

例えば、ノンテクニカルスキルのカテゴリーでいう「状況認識」であれば、本人が状況認識力の程度を自己評価できて、かつ弱点を補強するプログラムを作成できるのが理想だ。状況認識力の中で「思い込み」という要素の影響が大きく、自分のスキルの度合いを把握しておきたい。ほかにも「コミュニケーション」のカテゴリーにおいては、「傾聴力」や「言い出す力」が重要な要素である。

AGCでは、ノンテクニカルスキルの度合いを心理学の質問紙法による方法で簡単に把握できるツールを開発し、多くの会社で利用されている。このツールは約40問の設問に「はい」か「いいえ」で答える簡単なものである。

また、私が所属する化学工学会安全部会ではその自己評価を基に、例えば思い込み起因の事故を抑制したい方々には思い込み防止教育をオンラインで提供している。傾聴力向上や注意力向上などのプログラムも用意している。このプログラムは前述した能力開発ルートの1に該当し、その後行動目標を設定して、上司と面談する方法を通じて目標に近づけていく。上司も部下の能力開発に深く関わり、(ノンテクニカルスキル以外のビジネスのノウハウやこつも含む)成長したその部下が新入社員を教育していくように能力開発にも世代伝承性が反映される。そして事故がなく、ワークエンゲージメントも高い職場ができていくものだと思っている。

個人のノンテクニカルスキル向上の7ステップ

個人においてノンテクニカルスキルの良い習慣を身に着けるのは容易ではないが、組織となれば、その個人の集合でもあり、さらに修得の難易度が上がる。組織の構成員同士のソーシャルキャピタル(社会関係資本)が高ければ、すなわち絆が強ければ、個人のノンテクニカルスキル向上は組織全体のノンテクニカルスキル向上に貢献できる。

この記事では、個人でノンテクニカルスキルを向上させる手順を解説する。ポイントは、スモールスタートをして達成感を得て大きく仕上げることだ。以下に7つのステップを述べる。

  1. 自己の特性を認識する
  2. 自分を変えようと意識表明する
  3. 変えたい自分に求められる能力を目標として掲げる
  4. 能力を構成する具体的行動・言動を明確にする
  5. 具体的行動・言動をスケジュール化する
  6. 状況を振り返り計画とのずれを修正する
  7. 成果が伴っていれば計画の次の段階へのステップアップする

ステップの解説の前に、2015年化学工学会安全部会主催のノンテクニカルスキル講座の質疑応答時にあがった質問を紹介する。「権威勾配が強い課長にはどのようにそれを改善してもらうことができるでしょうか?」。私は「一番の解決策は早くご自分が権威勾配が強いと感じてもらうことです」と答えた。ここでは、権威勾配が強すぎる傾向を克服する場合の具体的対策例を盛り込みつつ、各ステップでの実施方法を紹介する。

1.自己の特性を認識する

第1のステップは自己認識することである。今の自分の姿を知り、現在の自分がどのようになりたいかを知ることが能力開発の一歩となる。自分のことを必ずしも自分が一番知っているとは限らないので、職場の同僚か上司(あるいは部下)に日頃の自分の観察結果を話してもらう。普通はこのステップさえ越えられない。なぜなら、自分がそんな風に評価されていたのかと大抵の方は認めたくないからだ。特に自尊心が強い、勝気である、といった方は認めるまで日数がかかるか、認めるのに頓挫する。

自分を変えようと意識表明する

第2のステップは中国のことわざにあるように「方向を変えない限り、現在むかっているところにたどりつく 」ので、自分を変えようと決意表明することが大事である。望ましい自分を目指し、第3のステップや第4のステップで決める今後やるべき行動・言動を継続していくことを固い意志をもって決意することで弱みの改善ができる。習慣化していなかった具体的な行動・言動は3年継続すれば無意識にできる才能に変化し、やがてその人の人となりとして形成されていく。

3.変えたい自分に求められる能力を目標として掲げる

第3のステップは変えたい自分に求められる能力を目標として掲げること。権威勾配が強い課長がそれを改善しようとする場合は権威勾配の克服である。あるいは部下から相談されたときにどちらかというと優柔不断な方はその克服が目標となる。ノンテクニカルスキルの能力開発には、強みの強化と弱みの改善の二通りがある。将来を見すえて改善しておくことが重要だと思える能力の場合は弱みの改善となる。

 

4.能力を構成する具体的行動・言動を明確にする

第4のステップは第3のステップで設定した能力を構成する具体的行動・言動を明確にすることだ。権威勾配が強すぎる傾向を2年で克服しようとする場合、具体的な行動・言動の一部は次のようになる。

▼権威勾配を克服するための具体的行動・言論

  • 相手の提案や相談の会話は最後まで聞いてから自分の発話を開始する
  • 相手を指差さない
  • 自分の考えが間違っていたら潔く認める
  • 声の調子をソフトにする
  • 相手を威圧するような目線を送らない

具体的行動・言動をスケジュール化する

第5のステップでは改善計画の作成でどのような時にどのような行動・言動をするか第4ステップで決めた具体的行動・言動をスケジュール化する。計画には開発したい具体的な能力も書き入れる。

▼スケジュールに反映しておきたい項目

  • 職場の方々に支援してもらうことは何か?
  • 自分が実行する具体的行動・言動はどのようなことか?
  • どのくらいの期間で達成するのか?

ノンテクニカルスキルの能力開発は、自分だけではできない場合があるので、周りの方々にフィードバックも依頼する。2、3年くらいかかる計画の中で、1か月ごと、1週間ごと、1日ごとの目標を定める。短い期間での目標を設定して、それを実施できると達成感があり、次の期間のやる気をもたらす。2年先のなりたい姿が遠くても1日1日の積み重ねが目標達成を近くするものである。よく見てくれる職場の同僚にフィードバックをもらうと、自分の視点からは見えない他人の視点からの意見が得られるので改善が進みやすい。

6.状況を振り返り計画とのずれを修正する

第6のステップにおいては、自分が取り組んでいる実行状態を振り返り、計画とのずれを修正していく。ずれを修正する場合、やろうとしていてできていない割合が高い行動・言動は早めに意識して集中して改善を繰り返す。また、周りの方々からのフィードバックも振り返りの材料として加える。周りの方々からのフィードバックで改善の成果を感じれば次の励みとなり、いいスパイラルに入っていくことが期待できる。周りからも能力開発が期待されていると自分で思えるようになり、その改善は進み、能力は次第に強化されていく。

7.成果が伴っていれば計画の次の段階へのステップアップする

第7のステップにおいては成果を確認して実行計画の中の次の段階に移行し、レベルアップを目指す。例えば権威勾配が強すぎる傾向の克服という目標を立て、具体的な行動・言動として2年で克服しようとする場合、最初の6カ月は下記の目標を立て、実行していく。

▼権威勾配が強すぎる傾向を克服する場合の最初の6カ月の行動・言論

  • 相手の提案や相談の会話は最後まで聞いてから自分の発話を開始する
  • 相手を指差さない
  • 自分の考えが間違っていたら潔く認める

これらをいつも意識して実行する。最初のうちは今までの自分を曲げるくらいの行動・言動になるが、意識的に演技するつもりで実施する。そして、6カ月後の職場の方々(実施することを実施前に告げる)に変わったかどうか自分の状態を言ってもらう。次の6カ月は先の6カ月のことを実行し、さらに上乗せで難しい課題を設定する。

以上が個人の能力向上の7ステップの概要である。最後に集合教育でノンテクニカルスキル教育を始めるにも継続するにもトップマネージメントの決意とこの教育のインストラクターの力量(特に情熱)の両方が必要である。始めるのは困難があるかもしれないが、5、6年継続すれば組織の安全文化は向上すると思われる。

南川 忠男(みなみがわ ただお)

1975年旭硝子(現AGC(株))入社。2004年AGC千葉工場環境安全部に配属後ノンテクニカルスキル教育に従事し、2020年に定年退職。2021年に年南川行動特性研究所を設立し、化学工学会安全部会で産業界のノンテクニカルスキル教育及びプロセス安全の普及に努めている。

 

<著書>
「産業現場のノンテクニカルスキルを学ぶ」,化学工業日報社, 2017 単著
「ノンテクニカルスキル教育実践ガイドブック」,化学工業日報社, 2020 編著

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